三線教室 ONLINE 東京 by 豊岡マッシー

宮古生。首里育。東京在住。イチャリバーズ 三線 二胡 歌 絵画アーティスト 三線とオンライン教室のブログ YOUTUBE配信毎日やってます

目次(リンクで工工四へGo!)

ハイサイ。豊岡マッシー(TOYO)です。宮古生まれの首里育ち東京在住です。三線二胡、作詞作曲、歌、絵画、デザイン。フレンチブルドックと平和を愛するマルチアーティスト。とっても見やすいマッシーオリジナル工工四三線レッスン動画、曲の解説、沖縄の話などなどやっています。各曲の工工四にリンクでGo!!
youtubuで毎日発信→豊岡マッシー三線
西新井アリオセブンカルチャー三線教室  火曜日10:30コース 火曜日18:45コース

f:id:TOYOsanshin:20210609154552j:plain三線教室 ONLINE 東京 by 豊岡マッシー 

続きを読む

踊いクワディーサー 工工四

youtu.be

f:id:TOYOsanshin:20211205131127j:plain
f:id:TOYOsanshin:20210714072300p:plain

「四つ竹」とは琉球舞踊で手に持ってカチカチと
ゆっくり拍子をとる竹でできたものです
「四つ竹」という踊りがあるのですが
ここで演奏されるのが「踊いクワディーサー」です
踊りと歌のタイトルが違うのでややこしい。
四つ竹の伴奏を頼まれて、ずっと
「四つ竹」という曲があるのかなと思って探してました
しかも「踊いクワディーサー」には
クワディーサーの木は関係ありません
f:id:TOYOsanshin:20210713124041j:plain

イントロ綺麗ですよね。
こういう舞踊曲の中では一番好きな曲です
歌詞はこれだけです

打ち鳴らし 鳴らし 四ツ竹は ならち
今日や 御座 出じて 遊ぶ 嬉しゃ

打ち鳴らして 鳴らして 四つ竹を鳴らして
今日は 御座敷に出て 遊ぶ 嬉しさよ


歌詞もまんま「四つ竹」を踊る嬉しさよという歌詞です
じゃあ「四つ竹節」でいいさいがよ〜〜
って正直思いますが
実は元歌の「こはでさ節」に
クワディーサーが出てくるということでした

 

「こはでさ節」

こはでさの 御月 間ど間どど 照ゆる
よそ目 間ど 計てぃ 忍でぃ いもれ

クワディーサーを照らす月の光は葉の間で揺れる
人の目の間を計って 忍んでいらっしゃい

 

 

谷茶前 工工四


www.youtube.com

f:id:TOYOsanshin:20210620095426j:plain

 

もともと三線は宮廷音楽だったんですね。
庶民のものじゃなかった。
宮廷音楽家が中国の使者や王様の前で厳かに演奏するものだった。
しかし廃藩置県琉球王朝がなくなり音楽家も職を失ったんですね。
それで芝居小屋で庶民のために三線を弾くようになった。
その中で庶民的な題材を歌うようになり踊りもテンポも軽快になった。
いかにも沖縄民謡っていうものはこの明治に生まれている。
雑踊り(ぞううどぅい)といいます。
その代表曲「谷茶前」
谷茶の浜に「スルル」がやってきた。
スルルはキビナゴっていう小さい魚です
唐揚げとかにすますね。
でもよくみたら大和ミジュンだった。(ニシンの一種)
それを兄さんたちが採る。
みんなで大きな網で囲っての追い込み漁だ。
それを姉さんが売りに行く。
ザル(バーキ)を持った姉小(アングワ 姉さん)と
櫂(エーク)を持ったアッフィー(兄さん)がペアで踊ります。
魚を売ってきた姉さんの匂いが愛しいねって歌っているけど、
もともとの歌では生臭いねっていう歌詞だったそうです。


谷茶前ぬ 浜に(ヨ) 
スルル 小が 寄てぃてぃんどー ヘイ
ナンチャ ムサムサ ディ姉小 ソイソイ 
ディ姉小 ヤクシク

スルル 小や あらん(ヨー) 
大和ミジュン どぅ やんてぃんどーヘイ

兄達(アッピーター)や うり取いが 
姉小や かみてぃ うり 売いが ヘイ

うり売てぃ戻いぬ姉小や 匂ぬ 
匂ぬ しゅらさ ヘイ

うり 取ゆる 島や 
謝名とぅ 字地泊 ヘイ

 


www.youtube.com

砂辺ぬ浜(しなびぬはま) 工工四

youtu.be


北谷の砂辺(すなべ)といえば
堤防にアメリカンなグラフィックがずらっと描かれていて
夜になると若者やアメリカーが集まってくるところだった
沖縄ならではの風景だったんだけど
今はきれいな遊歩道にみたいになっている。
2013年ごろの写真です。
f:id:TOYOsanshin:20201116122054j:plain
その隣にあるのが砂辺の浜。
堤防ができる前はこの辺りは全部こんな感じの浜だったのだろう。
また馬場公園というものもあるから
琉球競馬をやるような場所もあったのだろうか?

このあたりは米軍の上陸地点でもある
住民が避難したガマもある
馬場公園には米軍上陸の碑がある
現在はすぐ近くには広大な嘉手納基地がある
近くを米軍機が飛んでいく
おれが懐かしいと思っていたグラフィックな堤防は
米軍時代よって全く変わってしまった沖縄の残照でもあった

戦前の北谷は米の産地で「北谷ターブックヮ」と言われていた。
ターブックヮとは田んぼのこと
沖縄の三大美田だったそうだ
また軽便鉄道の嘉手納線が走っていた。
俺の作った軽便鉄道のアニメは背景が海なので
埋め立てる前の北谷では海をバックに軽便汽車が走っていたかも。
という思いがあるのだけど、どうだったのかな

この砂辺の浜という歌は
今宵、浜に降りて語ろう愛しい人よ(シューラー)
という歌です。
本当の砂辺の姿をこの歌に込めたのかもしてない
美しいイントロが昔の砂辺に誘ってくれる

f:id:TOYOsanshin:20211203123650j:plain

砂辺浜下りてぃ 語らなや今宵 
愛ぬ浜風に シュラーヨ
濡りてぃ又遊ば


銀(なんじゃ)色ながち(ながしたような) 
月ん照り勝てぃ 
波に浮く小舟 シュラーヨ
勝てぃ又美らさ

浜風とぅ連りてぃ さざ波ぬ踊い 
千鳥唄しゆる(歌う) シュラーヨ
浜や又ぬどぅか


遊びたわふりてぃ(戯れて) 更きる夜ん知らん 
いちゃし(どうして)忘りゆが シュラーヨ
恋し砂辺浜

 


www.youtube.com

 

汗水節 工工四

youtu.be

f:id:TOYOsanshin:20211202130516j:plain

ソテツを食べるような大不況の1928年に
沖縄県が貯蓄奨励の歌詞を募集し生まれた歌なんだねえ。
郵便局長だった仲本稔が作詞。
エンドウの花などの宮良長包が作曲。
学校や集会などで歌われ流行歌となったんだってよ。
額に汗して働くこと、お金を貯蓄すること、
子供に教育を受けさせること、
社会にとって大事な基礎が歌われているんだねえ。


汗水ゆ流ち 働ちゅる人ぬ 
心嬉しさや 他所ぬ知ゆみ
ユイヤサーサー 他所の知ゆみ 
しゅらーよー しゅらーよー 働かな

一日に五十文 百日に五貫 
貯みてぃ損なゆみ 昔言葉

朝夕働らちょてぃ  積み立てぃる銭や 
若松ぬ盛い 年と共に

心若々とぅ 朝夕働きば 
五六十になてぃん 二十歳さだみ

老ゆる年忘てぃ 育てぃたる産し子 
手墨学問や 汎く知らし

御万人ぬ為ん 我が為とぅ思てぃ 
百勇みいさでぃ 尽しみしょり

 

作曲の宮良長包(みやら ちょうほう)さんは、石垣島出身の作曲家です。
1883年生まれ。1939年に亡くなる
沖縄県師範学校唱歌担当教諭として教えていたそうです。
そのあいだに多くの曲を作曲した。
師範学校首里の龍たん池のところにあったので
自分の実家と近いところで創作していたんですね
どこに住んでいたのだろう?
なんとなく石垣島にいたようなイメージだったので意外

「えんどうの花」は有名ですが童謡のような感じだし
この「汗水節」は民謡なので珍しいです
この歌もちょっと他に似た曲がない独特な感じがありますね
「なんた浜」も構成が凝っていて面白い民謡

安里屋ユンタもこの方の編曲です。
ピアノとヴァイオリンの伴奏になってますね。
歌に入る前のイントロの部分です

代表作は「赤ゆらの花」「嘆きの海」「泊まり舟」
「南国の花」「母恋し」「首里古城」「汗水節」「なんた浜」等

 

伊計離り節(いちはなり) 工工四

f:id:TOYOsanshin:20211201130528j:plain


www.youtube.com


勝連の村にモーアシビーで行きたいんだねえ。
勝連の村の娘のとこに通いたいんだねえ。
でも普通に行くと別の村の若者に邪魔されてしまう
(俺を倒してから行けってか!?)
なので海沿いの干潟を歩いて行くんです。
波に足を取られたり歩くのが大変なんだねえ。
という歌

伊計離り節(いちはなりぶし)ですが
歌詞はなぜか勝連節だったりします。
この場合、伊計島のことは関係ないです。


勝連ぬ(ヨ)島や(ヨ)(ハリ)通い欲しゃ (ヘイヨ)あしが(ヨ)
かちりんぬ ヨ しまや ヨ 
ハリ かゆい ぶしゃ ヨ ヘイヨ あすぃが ヨ

和仁屋 間門ぬ 潮ぬ 蹴やい あぐでぃ 
わにゃまじょーぬ ヨ うしゅぬ ヨ
ハリ きやい あぐでぃ ヘイヨ あぐでぃ ヨ

(モーアシビで)勝連の村(娘たちのところ)に通いたいが
(陸路で行くと他の村の青年に邪魔されそうだし)
和仁屋間門の干潟は蹴り難い(波に足を取られる)

和仁屋間門は北中城の干潟で馬場でもあったそうです。
今は埋め立てられたりしていますが昔は干潟や浅瀬でした


谷茶前に付け加えて歌ったりします。


こちらは伊計離節です。

伊計離節

行きば伊計離り 戻てぃ浜 平安座

いきば いち ヨ はなり ヨ ハリ むどぅてぃ はま ヨ
ヘイヨー へんざ ヨ

行けば伊計 離れ島 
戻って浜(浜比嘉?) 平安座島

平安座前の 浜に やんばらーが 来ちょん
へんざめーぬ ヨ はまに ヨ やんばらーが ちちょーん
平安座の前の浜に 山原船が来ている


勝連半島から橋で平安座島、宮城島、伊計島とつながっています
もう一つ浜比嘉島
橋のことは海中道路といいます。
もとは浅瀬で潮が引いていると歩いて渡れました。